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非常勤講師の日常-そろそろ真剣に次のステップへ-

江戸時代にサイはいたの?わからずにモヤモヤ中

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サントリー美術館でこんな展示会を開催中。

のぞいてびっくり江戸絵画-科学の眼、視覚のふしぎ- サントリー美術館

紹介文みてもかなりおもしろそう。

江戸時代後期の日本には、蘭学の振興とともに、顕微鏡や望遠鏡など「視覚」に対する従来の常識を一変させる光学装置が海外からもたらされました。西洋の遠近法を用いた風景図や、顕微鏡による知見を取り入れた拡大図、博物学の知識を踏まえた写生図なども生まれ、江戸絵画は大きな変革期を迎えます。また、鏡や水面に映る映像、および影絵への関心も高まり、その面白さに注目した作品が多数制作されました。本展では、こうした江戸時代後期に花開いた新しい〈視覚文化〉を、小田野直武、司馬江漢、葛飾北斎歌川広重らの作品を通してご紹介します。


サイトを見ていたら、この絵のところで目が止まった。

http://www.suntory.co.jp/sma/exhibit/photo/0000036000/0000035940/dlineimgl1_4.jpg

「えっ江戸時代にサイがいたの?」というのが最初の感想。象の絵は見たことがあるんだけど。気になって作者のことを調べてみた。


作者は坂本浩然(さかもとこうねん)。略歴をググってみるとこんな感じ。

生年: 寛政12(1800)年 没年:嘉永6.8.26(1853.9.28)年
江戸後期の医者,本草家。名は直大,浩然は通称。号は浩雪,蕈渓,桜子,香邨。父は和歌山藩医兼本草鑑定の坂本純庵。父に医学を,曾占春に本草学を学び,摂津高槻藩主永井氏に仕える。画をよくし,純庵の『百花図纂』や遠藤通の『救荒便覧後集』の図を描く。天保6(1835)年に刊行した『菌譜』2巻は食菌,毒菌,芝類計56種の図説で江戸時代の菌蕈の類書中もっともすぐれたものである。幕臣久保帯刀の麻布長者ケ丸の桜園のサクラ136品を写生した『桜譜』(1842)や,ユリ類30品を描いた『百合譜』を残した。種樹家増田金太郎とも親交があった。<参考文献>上野益三『日本博物学史』(坂本浩然 とは - コトバンクより)


本草家というのは、本草学をおさめた人のことで、本草学とは中国の薬物についての学問をいう。医者でもあったわけだから別に不思議ではない。

絵を見ると左手前にサイの角らしきものがある。古くから漢方薬として珍重されてきたと聞いているので、薬の一種として描かれたものだろう。

ただ、江戸時代にサイがいたのかどうかがわからない。ググってみたけど出てこない。

想像して、あるいは伝聞で描いたにしては正確に描かれている。オランダや中国から伝わった書物に書いてあったのか?

なんかモヤモヤする。同僚の獣医さんに聞いてみよう!


(ブログ画像は展示会サイトから転載させていただきました)